※この記事は、私たち夫婦の体験談です。
妊活の進め方や夫婦の向き合い方には、それぞれ違いがあります。
医療的な判断が必要な場合は、専門の医療機関へ相談してください。
男性不妊の可能性が分かってから、
私はずっと病院のことが気になっていました。
再受診した方がいい。
精索静脈瘤のことも、ちゃんと診てもらった方がいい。
必要なら治療の話も聞いた方がいい。
頭ではそう分かっていました。
でも夫に言うたびに、
私は少しずつ苦しくなっていました。
言わないと進まない。
でも言うと、責めているみたいになる。
その気持ちが積もっていったある日、
私は夫に言いました。
「病院予約してよ」
すると夫は、
私には少し突き放すように聞こえる言い方で、
こう言いました。
「予約すればいいんだろ」
その言葉を聞いた瞬間、
私は涙が止まらなくなりました。
何度も同じ話をしていた
夫の検査結果を見てから、
病院の話は何度かしていました。
「一回ちゃんと診てもらった方がいいんかな」
「病院どうする?」
「そろそろ行かなきゃね」
そんなふうに、
私から話題にしていました。
夫は、
「行くよ」
とは言ってくれていました。
でも、そこから予約までは進みませんでした。
私はそのたびに、
少しずつ不安になっていきました。
行くって言ったよね。
じゃあ、いつ行くの。
このまま時間だけ過ぎていくのかな。
そんな気持ちが、
ずっと心の中にありました。
協力してくれないわけではなかった
夫がまったく協力してくれなかったわけではありません。
検査結果を見て、
ショックを受けていたのは夫も同じでした。
病院へ行くことを、
完全に拒否していたわけでもありません。
妊活をしようとも言ってくれていました。
だからこそ、
私は余計に苦しくなりました。
協力する気がないなら、
怒れたのかもしれません。
でも夫は、
「行くよ」と言う。
「妊活しよう」とも言う。
なのに、行動にはなかなかならない。
その中途半端さが、
私には一番つらかったです。
私ばかり考えている気がした
病院のことを調べるのも私。
次に何をすればいいのか考えるのも私。
排卵日を気にするのも私。
妊活の話を切り出すのも私。
もちろん、
全部を夫にやってほしかったわけではありません。
でも、
ふたりのことなのに、
私ばかりが前に進めようとしている気がしていました。
夫の身体のことなのに、
なぜか私の方が焦っている。
夫婦の妊活なのに、
私だけが責任を背負っているように感じる。
その感覚が、
少しずつ私の中に積もっていきました。
不安と不満が爆発した
その日、私はもう限界でした。
何度も同じ話をしているのに、
何も進まない。
病院へ行った方がいいと分かっているのに、
予約も決まらない。
私は夫に言いました。
「病院予約してよ」
「何回も言ってるけど、全然行動せんやん」
言い方は、
きつかったと思います。
でもその時の私は、
落ち着いて話す余裕がありませんでした。
不安だった。
焦っていた。
ひとりで考えているようで寂しかった。
その全部が、
怒りとして出てしまいました。
「予約すればいいんだろ」
私の言葉を聞いて、
夫はこう言いました。
「予約すればいいんだろ」
たぶん夫は、
「じゃあ予約するよ」
という意味で言ったのだと思います。
行動で返そうとしてくれたのかもしれません。
でもその時の私には、
突き放されたように聞こえてしまいました。
分かったよ。
予約すればいいんでしょ。
それでいいんでしょ。
そんなふうに受け取ってしまいました。
私は、
ただ予約してほしかったわけではありませんでした。
本当にほしかったのは、
一緒に向き合ってくれていると感じられる言葉でした。
予約がほしかったんじゃなかった
もちろん、
病院の予約は大事でした。
次に進むためには、
必要なことでした。
でも私が本当にほしかったのは、
予約そのものではありませんでした。
「不安だよね」
「一回ちゃんと診てもらおうか」
「怖いけど、俺も行ってみる」
「一緒に考えよう」
そんな言葉でした。
私は、
夫に動いてほしかった。
でもそれ以上に、
夫の気持ちを聞きたかった。
自分のこととして、
一緒に考えてほしかった。
ただそれだけだったのだと思います。
涙が止まらなかった
「予約すればいいんだろ」
そう言われたあと、
私は泣きました。
自分でも、
こんなに涙が出ると思っていませんでした。
悲しかった。
悔しかった。
寂しかった。
私が欲しかったのは、
その言い方じゃなかった。
そう思いました。
でも同時に、
夫を追い詰めてしまったのかもしれないとも思いました。
私が何度も言ったから。
責めるように言ってしまったから。
夫もどう返したらいいか分からなくなったのかもしれない。
そう思う気持ちもありました。
でもその時は、
そんなふうに整理できる余裕はありませんでした。
ただ、
すごく悲しかったです。
夫も、どうしていいか分からなかったのかもしれない
今振り返ると、
夫も夫でしんどかったのだと思います。
男性不妊の可能性が分かって、
精索静脈瘤のことも出てきて、
手術が必要かもしれないと言われて。
その現実を受け止めるだけでも、
きっと重かったはずです。
さらに私が落ち込んだり、
怒ったり、泣いたりすると、
夫はどうしたらいいか分からなかったのかもしれません。
夫は、
察して動くことが得意なタイプではありませんでした。
私が本当に欲しかった言葉を、
自然にくれるタイプでもありませんでした。
でも私は、
どこかでそれを期待していました。
言わなくても分かってほしい。
私の不安に気づいてほしい。
一緒に考えようと言ってほしい。
そう思っていました。
夫なりに、行動で返そうとしたのかもしれない
後から振り返ると、
夫の言葉には、いろんな気持ちが混ざっていたのだと思います。
私を安心させたい気持ち。
でも、
何度も言われて追い詰められた気持ち。
自分でも行かなきゃと思っているのに、
動けていなかった後ろめたさ。
何を言っても、
私を傷つけてしまうような怖さ。
だから夫は、
言葉で寄り添うより先に、
「予約する」という行動で返そうとしたのかもしれません。
でもその時の私は、
行動よりも先に、
気持ちを受け止めてほしかった。
そこが、
私たちのすれ違いでした。
私も、ちゃんと伝えられていなかった
私はずっと、
夫に自分から動いてほしいと思っていました。
病院を調べてほしい。
予約してほしい。
自分のこととして考えてほしい。
でも本当は、
その奥にあった気持ちを、
ちゃんと伝えられていませんでした。
このまま何も進まないのが怖い。
後悔したくない。
ひとりで考えている気がして寂しい。
あなたを責めたいわけじゃない。
でも、一緒に向き合ってほしい。
そう言えばよかったのだと思います。
でも当時の私は、
不安を怒りで出してしまいました。
夫に分かってほしい気持ちが強すぎて、
夫が受け取りやすい言葉にできていませんでした。
ふたりとも余裕がなかった
あの時の私たちは、
どちらも余裕がありませんでした。
私は、
妊活が進まないことに焦っていました。
夫は、
自分の検査結果や手術の可能性を受け止めきれていませんでした。
私は、
夫が動かないことに不安を感じていました。
夫は、
私の不安にどう応えればいいか分からなかったのだと思います。
だから、
私は泣いて、
夫は少し強い言い方になって、
またすれ違いました。
どちらかだけが悪かったわけではありません。
でも、
お互いに相手の苦しさを見る余裕がなかった。
今はそう思います。
今振り返って思うこと
「予約すればいいんだろ」
その言葉は、
今でも少し胸に残っています。
でも今は、
あの言葉だけで夫を責めたいとは思いません。
あの時の夫は、
夫なりに追い詰められていたのだと思います。
そして私は、
私なりに限界でした。
ただ予約してほしかったわけじゃない。
ただ病院へ行ってほしかったわけじゃない。
私は、
一緒に不安を抱えてほしかった。
一緒に次のことを考えてほしかった。
妊活は、
何をするかだけではなく、
どう一緒に向き合うかが大事なんだと、
この時に強く感じました。
同じように苦しくなっている人へ
妊活中、
相手に動いてほしいのに、
強く言うと責めているみたいになることがあります。
自分が言わないと進まない。
でも言うと、相手を追い詰めている気がする。
その間で、
苦しくなることがあります。
そんな時、
本当に伝えたいのは、
「やってよ」
ではなく、
「ひとりで抱えるのがつらい」
なのかもしれません。
「予約して」
ではなく、
「一緒に考えてほしい」
なのかもしれません。
私たちは、
そのことに気づくまで、
何度もぶつかりました。
でもそのぶつかり合いも、
あとから振り返ると、
ふたりで向き合うために必要な時間だったのかもしれません。
次のお話
このあと、
夫は精索静脈瘤について再受診することになります。
病院へ行ってほしかったはずなのに、
いざ手術をすすめられると、
今度は私が何も言えなくなっていきました。
受けてほしい。
でも、夫の身体のことを
私が決めるようで怖い。
次のお話では、
精索静脈瘤の再受診で手術をすすめられた日のことを書いています。
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私たちの妊活ストーリーは、
こちらに時系列でまとめています。

